2011年5月30日月曜日

引越しは大変です!

長い間更新出来ませんですみませんでした。

福島原発の犬猫救出とは全く関係ない話になってしまいますが、あまりにもブログアップしていなかったので、皆さんがどうしたんだろうとご心配されていることと思い、私のプライベートなことについてご説明しようかと思います。

我が家には、たくさんの保護猫(現在26匹)、そして保護犬(4匹)がおります。

自己紹介にもありますようにこのプロジェクトが始まる以前から、個人のボランティアとして野良猫の避妊去勢手術をしたり、里親探しをしたり、保健所から引き出してきて里親さんを探したりなど活動して参りました。
なので、我が家にはたくさんの犬猫がおります。ペットの飼育可能なマンション暮らしで、規約には頭数の規制はありませんでしたから違反ではありませんが、常識的に考えてあまりにも頭数が多いかなと思うのと、犬が高齢化してきて一日2回の散歩では間に合わなくなってしまったと言うことで、年末より中古の一軒家に引越しを計画しておりました。

毎日の犬猫の世話と犬猫救出で福島に行ったり、また保護した犬猫のケアや、飼い主さんや預かりさんとのやり取りなど大忙しではありましたが、引越しの日が迫ってきてて内心焦っておりました。

引越しは先週の27日の金曜日でした。

引越しは準備も大変ですよね。我が家は、通常の大変な作業に加えて、作業の妨害をする猫ギャングとの戦いが大変です。猫ギャング達はダンボールが大好きで、爪を研いだり箱が開いていれば寝床にする、性質の悪い猫は、そこでオシッコ引っ掛けるなど、梱包作業も楽ではありませんでした。


引越しの前日、部屋の中を自由にしている猫たちを大き目のケージの中に餌でおびき寄せて3匹づつぐらいに入れて、主人と二人夜な夜な2往復して運びました。はじめは16匹。そして、引越し後に、3往復。生き物は引越し業者は運んでくれません。(でも運んでくれると言われても頼みませんが・・・)

そして、今は猫ギャングの妨害に合いながら山済みとダンボールと格闘中!!

でも、これからまた福島に行ってきます。
やっぱり、福島の猫や犬が気になりますし、明日は怪我のゴン太と飼い主さんの再会がありますので。

前回、23日の夜出発で、24日も活動しましたが、この報告は、もう少ししたらお伝えしたいと思うのですが、今はとにかくダンボールの山と犬猫のお世話で精一杯です。

お許しくださいませ。


あっ、「うちのとらまるさん」http://ameblo.jp/uchino-toramaru/day-20110525.htmlと、「霧雲のさん」http://ameblo.jp/kirikumono/entry-10903225754.htmlと同行しておりましたので、お二人のブログから活動内容をご覧いただけます。

ではでは、出かける時間が迫ってきましたのでこの辺で。

2011年5月23日月曜日

崖っぷちワンコ、「守る犬」”ゴン太”再手術

獣医さんの奥様から連絡ありました。

今日、他の手術の予定がキャンセルになったので、ゴン太の手術をするとのことでした。手術をするには、麻酔をかけるので、必ずリスクがありドキドキしました。午後3時過ぎにまた電話で、無事に手術が終わったとのこと、ホッとしました・・・。

今日は、傷口を縮める手術をしたそうです。前回病院に行った時ゴン太の傷口を見てきましたが、もう、思い出してもぞっとするほどの深い傷、傷はまだパックリと開いており、写真にも撮ってきましたが、ブログにアップするのは厳しい画像だなと思いやめました。

今回は傷口をもう少し小さくする手術をされたそうです。

いつも、元気で明るい奥様。辛い厳しい怪我のゴン太の話も、いっつも楽しくユーモアたっぷりで説明してくださいます。
しかし、「前回の手術のときは首の怪我だけで精一杯で尻尾も怪我してたのはわかってて毛を剃ったけど、あんまり良く診れなかったけど、今回良く診てみたら酷いね~。尻尾のあちこち噛み傷だらけで、耳もちぎれてるし、ほんと集団リンチだよ・・・あれは。診てて可哀想になって、涙がでたよ」っておっしゃってました。

聞いてる私も涙です。

ゴン太は、最初おしっこする時も足も上げれず女の子のようにおしっこして、出すもの出したら一目散に病院に帰っていたと聞きました。最近では、足上げて3箇所ぐらい回れるまで回復しているようですが、いまだに外に長い時間はいれないようです。

ゴン太は体の傷も酷いけど、心の傷も厳しいものがあるようです。

皆さんが、ゴン太のことを心配してくださってます。きっとそんな皆さんの気持ちもゴン太に届いているはず。頑張って辛い怪我の治療に乗り切ってくれると思います。

病院では、看護婦さんたちにもおやつもらったりして楽しく暮らしてるようですよ。辛かった分、楽しんで欲しいですね。

また、ゴン太の様子をお知らせしますね。

2011年5月20日金曜日

保護犬と巡る福島 その3

保護依頼のあった葛尾村の猫の保護に行きました。
仕掛けておいた捕獲器の中を覗いてみたら、なんと、びっくり~~~~猫が出産してました。

生まれてきた子は4匹。我々が到着して驚いたからなのか、母猫が途中で育児を止めてしまってました。最初に産んだ、2匹はちゃんと体を舐めて乾かしたようですが、残りの2匹は体が濡れたまま、へそのおも長くついたままでした。母猫は怯えたような顔でじっとこちらの様子をみており、時々子猫を踏みつけてることもありました。このままでは、踏まれて圧迫死や、体温が下がって死んでしまう可能性もあると焦りました。

この場所は、携帯の電波も届き難い山の中。当然、お店もなければ、電気もない、お湯もない・・・。とにかく、ないないずくしのこの場所から、脱出することにしました。

一向に赤ちゃんに興味を示さない母猫。このままではまずいと思い、いつもお世話になっている獣医さんに電話してみました。そして、まずは、ママ猫を大きなケージに移動させてみてと。直ぐに車を停めて、同行していた男性2人が手際よくケージを組み立て、毛布を敷き、ママ猫の移動を試みました。大きなケージを毛布でくるみ暗くして、捕獲器は明るくして、そっとお尻とかを棒で突くなどして、やっと母猫が大きいケージへ移動!!(このケージは、いつでも犬を保護できるようにと持っていたものでしたが、役に立ちました。)

さて、次は、子猫のをお世話をしなくては。車中は、子猫の体温を上げるため、最高の30度まで暖め、みんなで汗かきながら車を近くのホームセンターのある町まで走らせました。運転してくれたNさんは、まるで救急車の運転手になったようでした。(守る犬のときもそうだったんですけどね・・・)

やっと到着。男性2人が猛ダッシュで子猫用のミルクや哺乳瓶を買いにお店の中へ・・・。

その間私は、エアコンの送風口から出ている温風をドライヤー代わりにして、子猫を乾かしまいた。ほどなくして子猫もミーミーいいはじめました。その子猫の鳴き声を聞いた、ママ猫も鳴きだしたので、子猫を1匹戻してみたところ、子猫を舐め始めたので、様子を見ながらもう1匹戻しました。

そこへ、買い物を済ませて帰ってきた2人、お子さんのいるHさんが「人間の赤ちゃんような作り方でミルク作れば良いですよね?」と、今度は急いでコンビへ移動。電子レンジなのかお湯を頂いたて来たのかわかりませんが、丁度いい温度の温かいミルクを用意してくれました。さっそく子猫にミルクを飲ませてみました。なかなか上手に飲めない・・・けど少しづつでも飲んでくれたらと頑張りました。

母猫をみてみると、ようやく落ち着いてきたのか横たわり赤ちゃんにオッパイをあげだしてました。これなら大丈夫だなと、残る2匹も母猫に託してみたら母猫も受け入れてくれました。



後は、いつもよりゆっくりとした速度で、ママ猫が安心して子育てできるように何度も何度も休憩しながら帰ってきました。 毎回、いろんなハプニングがありますが、母猫と私たちみんなで必死になって子猫を守った感動的で思い出に残る一日でした



今は、母猫も子猫も元気にしております。
母猫は、マミーという名前をつけました。でもまだ子猫に名前がありません。
すべて、柄が違います。性別判明したら仮の名前を募集しようかな~?なんて考えてますので名前を考えてみてくださいね!!







保護犬と巡る福島 その2

朝一番で、福島県北保健所に行ってきました。こちらの保健所は以前より交流があります。被災犬以外の犬たちは通常の処分対象になっているという話を、ボランティア仲間より聞いたので、現状を聞いてみました。確かに、被災犬以外は、通常処分対象になっているとのことです。残念です。

しかし、今までに処分した犬は、酷い腫瘍があった子と怪我の状態がかなり酷かった子だそうです。処分された子がいるのはほんとうに悲しいですけど、なんとか処分しないで新しい里親探しをしています、とのことでしたので、私もご協力できることがあれば応援していきたいと思います。






関心を呼んだ「守る犬」のその後を見に、福島市内の動物病院に行ってきました。
どんな状態なんだろうとドキドキしながら入院室を開けると、ゲージに寝ている犬は、ひょっこり顔を上げてこっちを見ておりました。見た瞬間、顔つきが穏やかになっていたのに驚きました。ウーウー唸る事もなく、「だ~れ?」て顔してました。

獣医さんの奥様が面倒を看てくださってます。傷口は大変に痛々しく、言葉で聞くのと見るのとでは大違いで、毛を刈った皮膚にはパックリと開いた大きな傷口が首の左側半分ぐらいに渡っていました。傷が大きいので、今後2回は麻酔をかけた手術が必要との事。他にも体のあちこちに咬まれたあとがあり痛々しい姿でした。まだまだ油断は出来ないとは思いますが回復に向かっているようなので一安心しました。






病院での生活にも慣れてきているようで、話しかけると視線を向けコミュニケーションを取ってくれます。一緒に散歩に行きました。いつもお散歩に連れてってくださる奥様には、すっかり甘えて膝に頭を乗せて撫でてって甘えてました。保護したときの表情とは比べ物にならないぐらい穏やかな顔で、まるで別の犬みたいでした。来たばかりの時には、とにかくケージから出れず、ひたすら寝てばかりだったようですがほんとに少しづつだけど、お散歩の時間も長くなっているようです。早く心の傷も癒えるといいですね。お世話してくださる皆様の愛情をいっぱいもらって幸せそうな顔をみれて嬉しかったです。








次に向かったのは、市内の預かりボランティアさんたちのところです。
普段、預けっぱなしで顔を出すことも出来ずに気にしておりました。
久々に再開すると保護したときのことが思い出されてきます。どの子もみんな保護したときよりも毛並みがキレイで、顔もとっても穏やかです。みんな幸せそうでした。























その後、福島市内を出て、飯館村役場に行きました。現在の犬猫の状況と村民の方がお困りのことはあるのかどうかなどについて、聞いてきました。
村民の皆さんも、自分の避難先も決まっていないなどで、動物はどうしたらいいのかと困ってらっしゃるようでした。役場では、登録しているボランティアさんたちをご紹介して、直接連絡をとってもらってそれぞれ各自でいいなと思ったボランティアさんにお願いしてもらってますとお話しておりましたので、私たちの連絡先も登録させていただきました。

つづく~

2011年5月17日火曜日

保護犬と巡る福島

福島に行ってきました。
今まではその時そのときに出会う保護犬とのお話を書きたくなるのですが、今回は、福島の各地で色々な予定満載で出かけましたので順に書いてみたいと思います。

出発は15日、日曜日の深夜3時!!


まず、横浜で預かって頂いていた保護犬”ブチまるくん”が、預かりボランティアさんの変更で、福島に戻ることになりました。


“ブチまるくん”は、フィラリア強陽性で、一度咳き込むとゲホゲホと大変そうですが、性格はも~~~~すっごくいい子です。
広場で子供たちにハグされても、何されても平気で、ニコニコ顔です。




そんな”ブチまるくん”の新しい預かりさんを紹介して下さった福島のSさんとは、朝の7時に郡山で待ち合わせです。出発が遅れていたので遅刻しないかヒヤヒヤしましたが、無事にお会いでき、まずは一匹降ろして、次は会津に向かいました。



旅行だったら楽しいだろうに、と思いながら福島の自然の中、車を走らせました。
会津には避難所があり、そこで保護犬の飼い主さんを探すためと、計画的避難区域から避難している方たちがいらっしゃるので動物たちの情報収集が目的です。時間をかけて会津まで行った甲斐があり、1匹の飼い主さんが判明しました。良かったです。

それから、今度は東に、南相馬市に向かいました。
先日ブログでもお知らせしました52番のワンコ、私たちの間では、ボンコちゃんという仮の名前をつけていました。ボンコちゃんには驚きの秘話があったのです。



なんと、とっても屈託のない笑顔のボンコちゃんですが、ボンコちゃんは一度は津波にのまれ生還するという危機を乗り越えていたのです。さらに、ボンコちゃんは実はとっても水嫌いだそうですが、津波の後、瓦礫に埋まってしまっていたご主人さんの上で、必死にワンワンと吠え続けてくれたそうです。
ご主人は遠のく意識の中で、犬の吠え声が聞こえてきたそうです。ご主人はなんとか出て行かないと、と思うことが出来て瓦礫を押しのけて表に出ることが出来たとの事でした。
そんな命の恩人(恩犬かな)とも言えるボンコちゃんともはぐれてしまい、落胆していたとの事でしたが、こちらで保護されている事がわかり、感動の再会を果たすことに。



ボンコちゃんと待っていると、ご家族の車が到着しました。すると、今まで見たこともない位にボンコちゃんが激しく喜んで、リードを持っているのが大変なぐらいでした。今までボンコちゃんはとてもお転婆でやんちゃなところもありましたが、この喜びようは見たことがありませんでした。再会できて本当に良かったなぁと思った瞬間です。



ちょっと寂しかったけど、ボンコちゃんとはここでお別れをしました。 また、会えると嬉しいな~。あっ、ボンコちゃんは、チョコちゃんという可愛い名前がありましたよ。


その後、南相馬市役所にポスターを貼りに向かいました。有名な桜井市長とも偶然にお会いする事も出来ました。とても気さくなやさしい桜井市長、しかっりと記念撮影までして頂きパワーをもらって来ました。




次は、飯館村を通り抜けて葛尾村に向かいました。葛尾村では救助依頼のあった猫を捕まえるために夜ですが現地を視察、当然すぐには捕まらないのであきらめて明日にすることに。明日は活動が福島市内なので移動してこの日は終了です。



このつづきは、また。


2011年5月14日土曜日

ブログシステム障害にてついて

13日の明け方にメールを更新しようといたしましたが、ブログシステム障害があり更新できませんでした。それから復旧した後見てみると、12日付近に頂いていたコメントも消えておりました。せっかくお送り頂いたコメントが消失してしまい申し訳ございません。

頂いているコメントは、すべて目を通しております。みなさんに、コメントの返信をしたい気持ちでいっぱいなんですが、ただいまレスキューや、犬猫の預かり手配や世話等でなかなか時間が取れずお返事出来ないのが現状です。大変申し訳ございません。どうぞ、ご理解いただけますようお願い申し上げます。
また、ご寄付を下さいまして、大変ありがとうございます。お一人お一人の犬猫へのお気持ちを無駄にしないように犬猫たちの幸せのために有効に大切に使わせて頂きます。いつも拙い文章ばかりで申し訳ありません。

  

崖っぷちの犬たち・・・3

獣医さんからお電話ありました。

「かなり怪我のほうは悪いけど、症状は安定してきたから大丈夫だよって。でも、入院は1ヶ月以上は必要でしょう。」と

「あの子、たねもみ(種籾でいいのかな?)食べてたよ。消化出来なくて、毎日便にたくさん出てたけど、他に食べるものなかったのかな?」って。

私たちが彼を見つけたときに、ドッグフードの空の袋を見つけました。てっきりあの子が食べてたんだろうと思ってたんですが、集団リンチにあったときに、餌の奪い合いでもあったのかなって思います・・・。

彼は、長い間食べ物もないからと、飼料のたねもみを食べて飢えをしのいでいたんですね。
可愛そうに・・・。

それから、年齢が6~7歳とのことらしいのですが、とにかく寝てばかりだそうで、散歩に連れ出しても、凄い勢いで走り出して、出すものだけ出したら、またまた急いで犬舎に帰るそうです。

「普通、病院が嫌で散歩から戻りたがらない犬が多いのにね、よっぽど外が怖かったんでしょうね。」と先生がおっしゃってました。

本当に怖かったんでしょうね。
でも、保護したワンちゃん、やっぱりみんな心に傷を負ってるように思います。
余震がきたら異常に怖がる子、人間の傍を片時も離れられたがらない子が多いです。
きっと、もう二度と置いてかれたくないと思っているのかなと、思います。

飼い主さんともまたお話いたしました。

会いに行きたいけど、いわきの方に避難されてて、なかなか福島市まで行けないと、がっかりされてました。
福島県は、日本で北海道、岩手の次に大きな面積の県ってご存知でしたか?同じ県でも広いから、簡単にはこれないんですね。仕方ないです。

今週末にまた福島に行く予定です。その時、病院に行って様子を見てきますので、またご報告いたいます。

福島に行く用事のもう一つのは、嬉しいお知らせです。
保護犬番号52番のワンちゃんの飼い主様が無事に現れて、お家に帰れることになりました。
とても、甘ったれな子でしたから、私もお別れが辛いぐらいですが、また、会いに行けるといいな~です。


どのワンちゃん猫ちゃんも、可愛くて、一匹、一匹保護したときのエピソードがあります。
そして、ほんの少しでもかかわった子との別れは、ちょっぴり寂しいな、なんて思うのです。
でも、ワンちゃん猫ちゃんたちが幸せになるんですから、喜ばなければならないですね。